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Maricáの家 2話

日本でずっと思い描いてきた私達の夢は、ブラジルワールドカップ
の時に日本からの友達を呼んだり、ホテルとしてビジネスができる
ような大きな家を買うことでした。
ワールドカップ以外でも、日本からサッカーのブラジル遠征に
来る子供達の宿泊先として使ってもらえるような大きな家を


その夢にはぴったりの家でした。
それはよくわかっていました。
でも、私はこの場所がダメだった。。。バケーションとして遊びに
来るならいいけど、住むとなったら話は別。
ペドロとスエリおばさんは盛り上がってるけど、私はどんどん沈んで
いきました。それでも、ペドロはどーーーしても欲しかったんだと思う。


結局、Maricáは最近ペトロブラス社が石油を発見し、どんどん発展していく
といわれてるから(・・・といっても、なんせブラジルだから・・・ね)、
投資としてもいいし、今は一時的に住んでも、いずれはビジネスとして
使おうと、説得されて買う方向になったのでした




その後は早かった。
この家のオーナーとコンタクトをとり、すぐに全額の25%を支払って、
全部支払う前に住まわせてもらえるという話がつきました。
そして、オーナーは登記簿変更の手続きを進め、書類ができるまでに
こちらが残金を用意するという約束をしました。

でも、それ、微妙ですよね。。。なんで、ブラジルって、こういう
大金の支払いでも、何月何日までって期日を決めないんでしょう
書類ができるまでって。。。


そして、この家に出逢って10日後、スエリおばさんの家から引っ越して
きました。そして、そして、私のホームシックはここから重症化していくのでした



このころ、私はまだブラジルの不便さになかなか慣れず、加えて、どうしても
日本での常識を当てはめようとする傾向があり、私にとっては「こうあるべき」
ことがそうならず、ポルトガル語もほとんどわからなかったので、どうしても
話す人はペドロかグロリーニャ。口を開けば、ブラジルの文句でした

私達が持ってきた夢など、すっかり頭から飛んでいました。
ブラジル行ったら、ポルトガル語も勉強するぞ!っていってたこともすっかり
抜けていました。(これは今もかしら~)

常に家族以外の誰かがいて、本当によくしゃべるブラジル人に囲まれ、
私の日本語、しかも常に文句の声は、どんどんペドロから離れ、オーナーとの
やりとり、引っ越しの段取りなど、すべてポルトガル語でスエリおばさんや
友達との間で話して事が進んでいき、私は蚊帳の外。
そして、どんどん孤独になっていくのでした


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ブラジル生活 | コメント:(2) | トラックバック:(0)2011/05/28(土)02:10

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プロフィール

Pattinha

Author:Pattinha
2010年8月、ブラジルへやってきました。カリオカの夫と5歳の娘とリオデジャネイロ州マリカ市に滞在中。
子供のころのあだながアヒルだから、Pattinha♡
口がアヒルみたいって。。。
ふん、ほっとけ

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