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義父さんシリーズ - おまけ

義父さんが亡くなる前日、義父さんはいつものリオのセントロの病院に行ってました。
以前にちょっと話した心のケアの先生のところです。→義父さんシリーズ-病院の巻

2月頃だったかな。。。
義父さんが家から歩いて2、3分の湖まで散歩したいと言い出しました。
先生もよく「エリオさん、頑張って歩こう!お散歩して!」と
アドバイスされていたそうです。


よし!じゃあ、行こう!と4人で家を出たのですが、家を出てすぐ
義父さんは座り込んでしまい、「もう歩けない。。。」と。
結局そのときは行けませんでした。


その話をしたかどうか定かではありませんが、たぶん、外に行けるように
車いすを借りてきたのです。



でも、その次の日に亡くなってしまったので、一度も使いませんでした。



そして、亡くなってからしばらくして、セントロに行く用事があり、
病院に寄って、車いすを返却に行ったときのことです。

病院の門でいつもガードマンに「○○科の診察で」と言って、入れてもらって
たのですが、その日は「車いすの返却で」と言いました。

そうしたら、突然、ガードマンが何か言いながら、ニコニコ笑顔で
ペドロに握手を求めてきて。。。

「はぁ?何?どうしたの?」 と聞くと、

「車いす返却しに来たのが嬉しいみたい。」 だって。

え?それって普通じゃないの?
あ゛ーーー、すみませんまた「普通」と言ってしまいました。

みんな、使わなくなったとき、車いすなんてどうするんでしょう?
それに、それは病院の物だし!必要としてる人にちゃんと使ってもらうべき!
と思うんですが。。。だって、そうでしょ?


そして、担当の先生のところに返却に行くと、ペドロの心のケアとして、
そのとき診察(?というのかわかりませんが)でいろいろとお話して下さったそうです。
先生はそのあとも、それまで毎週金曜日、PCのTV電話で義父さんとお話して下さった
ように、つづけて、ペドロに連絡して下さるのでした。
なんて温かい。。。


これが、ブラジルの通常のやり方なんでしょうかね。。。?


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義父さん | コメント:(6) | トラックバック:(0)2011/07/17(日)10:55

義父さんシリーズ - 優しくなれなかった・・・の巻(長いです)

また義父さんの話、2月に戻ります。。。

義父さんは2月18日のバースデーにアヒルを食べたあとも、どんどん
食べなくなっていきました。
お水ばかり飲み、のどから胸が痛くて、食べ物が入らないと。。。
それでも「食べなくては」と思っているようで、私にごはんとフェジョンと
その日のおかずを一緒にミキサーにかけて欲しいというので、ドロドロの
クリーム状にしたりしていました。
でも、ほんの少し食べると手が止まり、どこか1点を見つめて考え事をするのでした。
それが、とにかく寂しかった。。。


3月に入ってカーニバル休暇をTia Izeldaのうちで過ごし、休暇が終わって
戻ってくると声がほとんど出なくなりました。


ある明け方、ペドロが1Fで物音がして目が覚め、義父さんの部屋に様子を見に行くと、
義父さんが頭を逆さに上半身がベッドからずり落ちた状態だったそうです。
どうやら、トイレに行こうと起き上がろうとして、うまく起きられずにそんな体勢に
なってしまったようでした。そこで、ペドロと相談して、何かあった時には呼んで
もらえるよう笛を渡すことにしました。
でも、それが失敗だった。。。

何でもないことでも、しょっちゅう笛を吹いて呼ぶようになったのです。
私のイライラが始まったのはこの頃からだと思います。


ペドロも他のことが手につかず、困ったね・・・と話していたら、義父さんが笛を失くしました。そして、ベッド脇のテーブルを叩いて呼ぶようになりました。
それが、すごい力なんです。
病気で弱っている人とは到底思えない近所にも響く大きな音

ガンガンガンガンガンガンガンガンガン

テーブルが壊れるんじゃないかと思いました。



そのテーブルを叩くのもひんぱんになってきました。
でも、叩く力はまったく衰えなかった。

私もイライラがたまってきて、3回に1回位は無視してしまいました。
そして、義父さんに声をかけることも減っていきました。
たぶん、義父さんには険しい顔をしていたと思います。



そして、夜中でも頻繁にテーブルを叩いて、ペドロを呼ぶようになり、
ペドロはもう何日も眠れないでいました。ペドロの顔が疲れていて、このままでは、
ペドロの方が倒れてしまうと、私はそればかりがとにかく心配で・・・
義父さんがペドロを呼べば呼ぶほど、私の中で義父さんが憎たらしくなっていき、
笑顔もなくなり、テーブルを叩いて、呼ばれていくと「O que!!!」と
半分怒り気味で応えるようになっていました。

反対にペドロは一生懸命でした。
文句1つ言わずに、義父さんがわけわからないわがままを言っても、なだめたり、
淡々とお世話をするばかりでした。
すぐにでも、日本に帰りたい気持ちを捨て切れずにいた私は、ペドロと義父さんを
このまま置いて、グロリーニャを連れて日本に帰ろう!と心をよぎるのですが、
とにかく一生懸命なペドロを見ると、こういう時に私達3人が絶対離れちゃいけない!
私は義父さんのことは何もできなくても、ペドロのそばを離れちゃいけない!と思うのと
同時にこんなに健気に頑張っているペドロが、とてもかっこいいと思ったし、
もっともっと好きになるのでした。





その日の夕方。
暗くなってきたので、ベランダ側のドアを閉めようと外を見ると、ベランダのハンモックで
寝ていた義父さんが、ハンモックの下で倒れていました
びっくりして、慌ててペドロを呼び、抱き起こしてイスに座らせると、顔色がさらに白く、
目がギョロッと少し飛び出たような表情になっていました。

「お父さん、なんかヤバい・・・」

ペドロが言いました。
お水を飲んで、ちょっと落ち着くと、病院に連れて行って欲しいと言ったので、
すぐに行くことに。
車で出て行きました。

。。。10分程すると戻ってきました。

「どうしたの?病院行ったの?」
「ううん。Maricáのセントロの病院に行こうとしたら、父さんが、そっちじゃない!リオのセントロの新しい病院に行きたいって言うんだ。行ったことない病院だよ。もう夜になっちゃって、このボロ車じゃリオのセントロのしかも初めてのところなんて行けないよ。
だから引き返してきた。明日の朝連れていく。」

なにやら、またわけわかんないこと言ってるんだなーと思ってました。

そのあと、ベッドで横になると、20分おき位にペドロを呼びました。

ガンガンガンガンガンガンガンガンガン

もう私はペドロが心配で仕方ないのと、この音と、わけわからないこと言うことと。。。
今までのことが沸々と湧き上がってきて、母親に愚痴のメールをしていました。
今夜、またガンガンやって、ペドロを寝かせないのなら、明日義父さんに
一言言ってやる
そう思ってました。
同時にTia Zildaやペドロの妹達に相談しようと考えてました。
早くしないとペドロが倒れちゃう!


その夜はペドロも一度ベッドに入ったものの、すぐにガンガンガンが始まり、1Fに行ったままなかなか戻ってきませんでした。
私はすっかり眠ってしまい、朝起きるとペドロは1Fにいました。そして、
まだガンガンガンと呼ばれては義父さんの部屋に行ってました。
どうやら徹夜だったよう。

「ちょっと横になった方がいいよ。」


そう言うと、ペドロはソファで横になり、すぐにスーッと寝入りました。
その直後にまたガンガンガン
もう!なんだよー!いい加減眠らせてあげてよ!!!
そう思って、ペドロを起こさなかったし、私自身も義父さんのところへ行かなかった。
いつもなら、しつこく、何度も叩くのに、このときは1回で止みました。

ん?さすがに義父さんも眠ったな。よかった。


・・・と思ってると、ペドロが10分位ですぐに目を覚まし、
「父さんは?」
と言うので、
「1度だけガンガンガンっていったけど、そのあと静かになったから、寝たんじゃない?」
と答えました。
でも、ペドロが様子を見に行って、すぐに部屋から出てきました。

「死んじゃった。。。」




へっ???
だって、さっきまで、あんなに強い力でテーブル叩いてたじゃない。
ガンガンガンって。
えっ?

すぐに2人で部屋に入って、「Pai!Pai!」と揺さぶりましたが、返事がなく。
代わる代わる、心臓に耳を当てましたが、何も聞こえませんでした。


ペドロは動揺しながらも、Tia達や義兄さん、義妹達に連絡をしました。



私は、それまで、病気で亡くなっていくときは、病院でいろいろな機器につながれ、もう寝たきりで何をする力もなく、話す力さえもなく、亡くなっていくものだと思っていました。でも、義父さんは、前日具合悪くなったけど、自分で歩いていたし、ちょっとだけど食べてたし、何よりもテーブルを叩く力は本当に強かった。たぶん、私よりも。
だから、どうにも信じられなくて。。。



連絡を受けて、Tia Zildaがすぐに駆けつけてくれました。
ペドロがシャワーをしていて、いなかったとき、Tia Zildaに謝りました。
「Tia、ごめんなさい。私、文句言ってたの。最後優しくできなかった。。。ペドロが倒れちゃうって心配で心配で」そう話している間にドワーっと涙が出ました。


私は義父さんが体が痛くて辛くて苦しかったのを、ぜんぜんわかっていなかった。
優しくなれなかった。
ごめんなさい。と言っても遅いですね。心のもやもやが残ったままでした。



義父さんは、とても苦しかったと思うけど、亡くなった顔は、なんだか
笑っているようでした。
その日、一気に親戚の方が来られて、次の日はすぐにお葬式でした。
そして、お葬式が終わるとまたみんな嵐のように帰って行きました。



あっという間の出来事で、みんなが帰ったあと、私は何もする気力がなく、しばらく、ぼーっと考え事をしてしまいました。どうして、義父さんは栄養剤の点滴をしてもらわなかったの?どうして入院しなかったの?胸が苦しいってずっと言ってたじゃない。よくわからないけど、何か機器をつけたりすれば、もっと生きられたんじゃないの?

ペドロに聞くと
「公立の病院でタダだからね。。。日本はお金払うから、精いっぱい治療してくれるんでしょ?」と。

そうか。。。日本は長寿国って言うけど、でも、それは、もしかしたら機械の力を借りての話かもしれないんだなーと思いました。結局は日本もブラジルも同じ人間、同じ体なんだなーと。
こればかりは本当に難しい。しばらく、いろんなことをたくさん考えてしまいました。


みんなが帰った夜、ペドロが言いました。
「ありがとうね。よくがんばってくれたね。Tia達もすごく感謝してたよ。優しくなれなかったって、自分を責めないで。父さんはああいう人だから、みんなもわかってるし、
君が頑張ってたのも僕もみんなもわかってるよ。本当にありがとう。」と。
どうにも複雑な涙が出ました。


考えてしまうことはたくさんあるけど、でも、このタイミングでブラジルに
グロリーニャを連れて行って、少しでも一緒に過ごせたことは、とても良かった
と思います。
私は義父さんのおかげで、親戚の人たちとたくさん会う機会ができたし、
お料理もたくさん教えて頂いたし、今まで私が知らなかったこと、考えもしな
かったこと、いっぱい勉強になりました。
気持ちが落ち着いた今は、感謝の気持ちでいっぱいです。


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義父さん | コメント:(12) | トラックバック:(0)2011/07/16(土)12:36

義父さんシリーズ - Pato(アヒル)を食べるの巻

2月18日は義父さんの73歳のバースデーでした
「エリオの誕生日のお祝いに食べなさい」とTia Zildaの家で飼われていたアヒルを
1羽、プレゼントされました

82歳のTia Zilda、さっとアヒルを捕まえちゃって、びっくりしました~
Tia Zildaはトカゲ料理も作ってしまうそうです
以前、冷蔵庫に拳ほどの大きさのトカゲの頭がゴロゴロ入った洗面器があり、
見せてもらったときは私は倒れそうでした
Tia Zilda、腰抜けそうな私に「おいしいよ~」だって! げっ


アヒルをもらって、義父さんはとても嬉しそうでした。
グロリーニャはペットとしてもらったんだと勘違いして、嬉しそうでした。




で、誰が料理するわけ???
「大丈夫だよ。たぶん、スエリさん(裏の元Caseiraの。詳しくはこちら→「近所の方々」)ができるよ。」
・・・ってペドロは簡単にいうけど・・・ねー。。。

・・・と思ってたら、スエリさん、やっぱりできるのね
なんなの、ブラジル人!!!
まあ、caseiraって言うのもあるけどさ、日本の田舎でも、アヒル飼ってたりするおうちの人は普通に料理できちゃうのかしら???だって、アヒル食べるのも普通じゃないし、料理できるなんてもっと普通じゃないでしょ?
あっ、ごめん。ブラジルで「普通」って言葉は禁句だったね。。。


もらって帰ってきた夜、とりあえず、うちのミニサッカー場に放しておきました。
グロリーニャは嬉しくて、お水をあげたりして、すっかりペット気分

そして夜中
危機を察したアヒルちゃん、脱走
スエリさんがドンドンドン!!!とドアを叩いて
「アヒルがサッカー場から出ちゃったよ!」と言いに来ました。
みんなで追いかけて、アヒルも逃げに逃げて、プールをスーイスイと泳いだりしてましたが、最後は捕まり、またサッカー場に戻され、今度は金網のドアをきっちり閉められてしまうのでした


翌朝。
アヒルのと殺は義父さんしかできないので、義父さんはブツブツ言いながら、自分のバースデー料理のためにアヒルをと殺し、ペドロと一緒に羽根をむしり、準備するのでした。グロリーニャはあのアヒルちゃんが羽根をむしりとられている姿をみたら、ショックだろうから、見せない方がいいとペドロが言ったのですが、こんな機会はめったにないので、ちゃんと説明して見せることにしました。

「グロリーニャ、聞いて。毎日私達がおいしく食べてるお肉やお魚はみんな生きていたのよ。お料理しやすい形になってお店に並んでるの。どれもみんな神様が与えてくれたもので、魚も牛も豚も鶏も私達に力をくれるために命を絶ったんだから、少しも無駄にすることなく、ありがたく頂かないといけないのよ

そう話したけど、いつもスーパーですでに切り身になってて当たり前のように食べてきた自分に一番向けられてるような気がしました。
グロリーニャは、私のそんな話を本当にわかったかどうかわからないけど、最初はかわいそうだから食べないと言ってたのが食べる気になってくれたようで、羽根をむしりとられてる姿を見てもショックは受けませんでした。

CIMG2284_convert_20110708110856.jpg



次の日、義父さんのバースデー
スエリさんはアヒルの血液も使って、見事にアヒル料理を作ってくれました。
その頃、ブログを書くなんて思ってもみなかったので、写真は撮ってません。                                                         すみません

そして、病院の担当の先生方からも、TV電話にて「おめでとう」のメッセージを頂き、今日だけはビールを飲んでいいよと許可を頂きました
義父さんは、この日もたくさんは食べられなかったけど、それでも、いつもより多く、
久しぶりのビールと共においしく食べてくれました。よかった


   私もおいしく頂きました・・・
   えっ?共食い???



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義父さん | コメント:(6) | トラックバック:(0)2011/07/08(金)11:39

義父さんシリーズ - 料理の巻

義父さんは食べることも、お料理も大好きでした
お料理も上手でした

○○が食べたいと言っては、ペドロに買い物に連れて行ってもらい、
好きなように材料を買ってきて、自分で作って食べるのです
特にお魚が大好きで、よくTilapiaという魚を料理していました。
 ※Tilapia・・・ネットで調べたらスズキの仲間のようです。
           小さめの鯛のような感じです。
私はアシスタントとして、義父さんの料理を手伝いつつ、習わせてもらいました。


<エリオじいさんのTilapia料理>

(オーブンで焼く場合)
  1)Tilapiaのうろこをとり、内臓を取り除く。
  2)両面の表面にバッテンの切り込みを入れておく。
  3)にんにく1片を塩小さじ1位(お好みで)と混ぜて、すりおろし、
    パンにバターを塗るような要領で、魚の両面に塗り、バットの上で
    1時間程置いて味をつける。
  4)3)にオリーブオイルをまわしかけ、オーブンで焼く。

(フライにする場合)
  1)上の3)まで同じ。
  2)1)にFuba(とうもろこしの粉。ブラジルではよく料理に使われます)と
    小麦粉をどっちが先でもいいので、半々つくように両面につけて、
    フライにする。
    このとき、油は少なくて大丈夫です。下の鍋に向いてる面がジューっと
    揚がる感じで。

これだけです。
これが、すっごいおいしいんですグロリーニャは、義父さんのこの魚料理が
大好きで、一生懸命骨を取りながら、毎回本当においしそうに食べてました
  

義父さんは、義父さんの魚料理をおいしそうに食べるグロリーニャを見るのが
とても嬉しかったようです。うちに来てしばらくは無関心だったのが、
グロリーニャが魚を食べてるときには、震える手で一生懸命骨を取り、グロリーニャに
とってあげるようになり、だんだんと冗談も言うようになりました。

そんなじーじに、グロリーニャもじーじが階段などで大変そうな時など、
手をとってあげたりするようになりました。


私は決して料理は得意ではないけれど、義父さんはよく食べてくれました。
特にカレーなんて大好きでした
私が言葉が通じないからか、直接、おいしいと言わなかったけれど、
ペドロやTia Izeldaには「Pattinhaのご飯はどれもおいしい。」と言って
くれてたそうです。
特にManjar(作り方はこちらをどうぞ → 「ココナッツプリンの作り方」)は、
義父さんのお気に入りで、作り方を教えて!って言ってくれた程でした。
私もとても嬉しかったです


そうして、私とグロリーニャも義父さんとの距離が少しずつ縮まっていきました。

でも、義父さんの病状はどんどん悪化していきました
1月には耳がさらに遠くなりました。そして、少しずつ食欲がなくなり、
2月に入ったころには、1日中ハンモックかベッドに寝ているだけになり、
食事でテーブルについても、いつも2,3口で手が止まってしまいました。
そして、どこか1点を見つめて考え事をするのです。。。
そんな義父さんを見てると、寂しくて悲しくなりました。

なんとか少しでも多く食べてもらおうと、食べられそうな物をペドロや義父さんに
相談して、ご飯を作り、いつもより食べてくれるととても嬉しい・・・
そんな毎日となりました。


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義父さん | コメント:(0) | トラックバック:(0)2011/07/07(木)11:49

義父さんシリーズ - Tia Izeldaの巻

義父さんには、もう一人お姉さんがいました。
Tia Izelda 86歳です
Tia Zildaもとても82歳に見えない若さだけど、Tia Izeldaもそう。シャンとして、スタスタ歩き、おしゃれを忘れない元気なおばあちゃんです。


Tia Izeldaは、リオデジャネイロ州の外れ、CamposのSão João da Barraという所に住んでいます。リオのセントロからは、長距離バスで5時間半ほどかかります
そして、Tia Izeldaの息子、娘達もほとんどが近所に住んでいます。

Tia Izeldaの旦那さんは足が弱く、自分の力で立つことができず、介護が必要なので、日中はお手伝いさんのMarleneさんに来てもらっています。Marleneさんは、骨肉腫を
患い、つらい治療を乗り越えて、ガンを克服された方です



義父さんは、Tia Izeldaにはお母さんのように甘えられるようで、
Tia Izeldaが大好きでした
そして、Tia Izeldaも義父さんのことをとても心配していて、
「私がこっちで面倒見るから。」といつもペドロに言っていました。
Maricáのこの家でしばらく過ごすと、義父さんはTia Izeldaに会いに行きたいと言い、
そのたびに車で、5,6時間かけてTia Izeldaの家に行くのでした


あるとき、Tia Izeldaを訪ねたとき、ペドロと私を見るなり、
「まあ!なんて、ゲッソリやせちゃったのかわいそうに
と言うのです。いやいや、ペドロも私ももともとお痩せさんですから
そして、
「エリオをここに置いて行きなさい。私が見るから。」と言うのです。



それでなくても、旦那さんの介護をされてるんですよ。
何なんでしょうね。。。Tia IzeldaもTia Zildaも。。。
「こういうことは、みんなで助け合えばいいのよ」と。



考えちゃいました。。。
そりゃ、私も自分の両親が具合悪くなったら、自分が見たいって思いますよ。
でも、Tia2人とも80超えてるし、2人ともそれぞれ旦那さんのお世話してるんですよ。
Tia達の心の深さ、ものすごく考えさせられました。
私のように、今まで好き勝手生きてきた人間には、とてもいい薬です


そして、お手伝いさんのMarleneさんまでも、私がポル語がほとんどわからないことを知っていて、
「Pattinha、いい?ペドロもあなたもまだ若いわ。こうやって腕組んで、いろんな所出かけて、毎日楽しまなきゃ!ね
エリオはここに住みたいと言ってるのよ。大丈夫私も一緒に見るから。心配しないで、エリオをここに置いていきなさい。」
ジェスチャーしながら、一生懸命話してくれるのです。


本当になんなんでしょう・・・
そうしてもらえたら、ありがたいと心の奥底では思ってる自分が
とても醜く、恥ずかしかった。。。


私はこの時もやっぱり、ペドロにすべて任せていました。
ペドロはなんだかんだ言っても、やっぱり自分のお父さんだし、Tia達がそうやって声を
かけてくださっても、迷惑をかけられないという責任があったんでしょうね。


当の義父さんの希望としては、ここにいたり、Tia Izeldaのところに行ったりしたいとのことなので、長いお休み、クリスマス休暇、カーニバル休暇などはTia Izeldaのところで過ごしてもらい、通常はこちらで過ごすということになりました。





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義父さん | コメント:(0) | トラックバック:(0)2011/07/06(水)22:02

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プロフィール

Pattinha

Author:Pattinha
2010年8月、ブラジルへやってきました。カリオカの夫と5歳の娘とリオデジャネイロ州マリカ市に滞在中。
子供のころのあだながアヒルだから、Pattinha♡
口がアヒルみたいって。。。
ふん、ほっとけ

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